【小説】ねこミミ☆ガンダム 第3話 その1新高山で、英代と裕子が戦ってから3日後のことだった。 それまで目立った動きを控え、中国大陸まで退いていたネコミミ軍の本隊が突如、日本に進攻を開始した。 休日の午前8時―― 高高度を飛行する戦艦から無数に降下する巨大な人型兵器〈マシンドール〉。その数は、当初、数万体と報じられたが、のちには数千万体と訂正された。 ネコミミ軍の進攻の名目は、軍施設より、現地人の子どもに奪われたマシンドールの攻撃から、日本人の生命と財産を守るため――というものだった。つまり、英代と裕子がマシンドールで戦ったことを理由としているのだ。 もちろん、そんなものは欺瞞にすぎない。 英代がマシンドールを奪ったのは、ネコミミ女王に連れ去られた幼なじみの均を助けるためだったし、裕子にいたってはネコミミ軍に騙されてマシンドールで戦わされたのだ。 とはいえ、周到に計画された進攻作戦を前に、そんな事実をいったところで意味はない。また、この大義名分のために、国連安保理はまとまった行動が取れず、抗議も非難声明を出すにとどまった。 進攻の日、午前9時―― 英代は、NPO法人〈雲ヶ丘ガーディアン〉の新しくできた拠点に駆けつけていた。 新しい拠点は、市内の海岸に面する大きな岩山の洞穴を利用して造られていた。 設備はまだほとんど揃っておらず、壁は自然の岩がむき出しだ。マシンドール整備用のハンガーだけは備え付けられており、巨大なシロネコはそこに寝かされていた。 今日ばかりはシロネコの整備よりも、情報を集めるために駆け回るスタッフの姿が目についた。 やることがない英代は、会議室でテレビ番をしていた。日曜朝のアニメ番組を変更して組まれた特別報道番組では、今まさに日本に進攻するネコミミ軍のマシンドールの姿が写し出されていた。 英代は、自分の国を侵略されるさまをライブで見続ける気分というものを、一生忘れないだろうと思った。 レポーターの絶叫がひときわ響いたのは、東京都心に侵入したマシンドールの巨大な影が映し出された時だった。 無機質なビルの谷間を闊歩する機械の巨人。もとより、この街は、マシンドールのために造られたのではないか、とさえ思わせた。 飛行する巨大戦艦から、雨のように降る巨人。首都東京は、進攻から1時間でその機能を停止した。 首都が陥落しても、テレビでは、全国各地に侵入したネコミミ軍のようすを健気に報じ続けた。 沖縄では、多数のマシンドールが米軍基地を包囲するように整列した。手を繋いで基地を囲むさまは、人間の鎖ならぬ巨人の鎖だ。 そのうち、ひまを持て余して、歌を歌いはじめるものも出る始末。夜になって灯火に輝く基地を機械の巨人が手を繋ぎながら取り囲んで大合唱するさまは、さながらキャンプファイヤーのごとし。周辺住民は、深夜まで音程の大きく外れた騒音に悩まされた。 のちに噂されたところによると、この時すでにネコミミ軍とアメリカ軍との間に、何らかの密約があったのではないか、ということだった。 福岡では、武装した一般市民がネコミミ軍に反撃を開始。ロケットランチャーとハンドグレネードでマシンドールに戦いを挑むも、すぐに鎮圧された。 香川では、高熱源体に多くの人が集まっていることから、軍事施設と勘違いされた、うどん屋が占拠された。占拠された「マルカメうどん」は、全国にチェーン店を展開する人気店だ。 大阪には、東京に次いで数多くのマシンドールが侵入した。が、スペースが足りず、行くところのなくなったマシンドールが大阪城に集結。満員電車のような混雑ぶりだった。 それでも入りきれなかったマシンドールが、道頓堀に落ちたり、通天閣に登って先端を折ってしまうなどといった被害が出た。 神奈川では、大挙したネコミミ軍を住民がアメリカ軍と勘違いしてしまい、かえって歓迎された。 北海道は、広すぎて、だれも侵略に気づかなかった。 映像が東京にもどった。画面には、通常のものより、2倍も3倍も大きい、まっ赤なマシンドールの異様が映し出されていた。 都庁前広場で仁王立ちする巨大マシンドール。大音量で呼びたてた。 「出てこいっ! 山本英代! シロネコとやらっ!!」 しゃがれた声だったが、声の主はネコミミ族にちがいない。空気の震えが、画面を通して伝わってくるようだった。 「女王さまの専用機を奪って暴れまわるなど、狼藉のほど目に余る! ネコミミ軍を統帥するネコミミ将軍ことヴァネッサ・ミケ・ギーネが直接、相手をしてやる! それとも、女王さまの機体の中で震え上がって出てこれんか!!」 英代は、思わず画面をにらみつけていた。 不意に背後から声がした。 「安い挑発です」 ニア博士だ。もとはネコミミ軍の兵器開発者で、マシンドール〈シロネコ〉を作った偉い人だ。今は英代たちの味方をしてくれていた。 シロネコの整備をしていたようだが、休憩のため会議室に来たらしい。 「英代さんも、話には聞いたことがあるでしょう。あれがネコミミ将軍ことヴァネッサ・ミケ・ギーネ――またの名を不敗将軍ともいいます」 「不敗将軍……」 「あの赤いマシンドールが出てきた戦場で、ネコミミ軍は不敗を誇る――というふれ込みですね」 「やっぱり、強いんですか? あの赤いの……」 英代は画面に映るまっ赤なマシンドールを見た。 「そんなことありません。あくまでも宣伝のようなものです」ニアはあっさりといった。「不敗と言っても、負けるような戦場には出てこないだけです。それより、あの巨体の異様で、相手の戦意をくじくのが目的なのです。実際の戦いになれば、シロネコの方が戦いやすいでしょう。どちらも手掛けた私が言うのだから間違いありません」 「そうなんですか!」 ニアは、持っていた菓子パンの袋をピリッと破った。 「まあ、しかし、見た目の通り、パワーはある。同じ高さのビルなら、壊すのに5分もかかりません。シロネコでも近接戦は避けた方が無難でしょう」 「そうですか……」 英代はテレビのチャンネルを変えた。敵の狙いがわかった以上、見ている意味はなかった。テレビ東京以外、どの局も、同じようにネコミミ軍進攻のようすを伝えていた。 夕方ごろになるとテレビやラジオの放送は途絶え、唯一の情報源となったネットもつながりにくくなった。とはいえ、すでに大勢は決しており、情報を集める意味もなかった。 英代は、ひとりで基地の外に出た。暑かった太陽は沈もうとしている。海から届く涼風がほおをなでた。 基地のある岩山のてっぺんを目指して登った。登りきったころに、太陽は水平線の下に沈んでいた。 頂上から街の方を見た。夕闇の中で、街は、いつもと変わらずに輝いて見えた。電気が止まらなかったのは、不幸中の幸いといえた。 だけど、やはり、どこかが寂しげに見える。普段は海の近くでもかまわずに聞こえてくる車の騒音がしないのだ。 まわりを見渡しても、ネコミミ軍のマシンドールの姿は見えない。被害が出ることを恐れて坂之上市に入るのを避けたのだろうか。 シロネコを取り戻したければ直接、英代のところに来たらいいのだ。それをせずに、かえって遠回りに日本を侵略するところにネコミミ軍のズル賢さがある。 英代は、岩山を下りて基地にもどった。 基地内では、NPO代表の杏樹羅(あんじぇら)を中心にしてスタッフが集まり、これからの対応について話し合っていた。白熱している大人の議論の中に向かって、英代はきっぱりと言った。 「シロネコで戦います!!」 大人たちの視線が英代に集まった。だれも英代をいさめようともしない。すでに、そんな段階ではないことはわかりきっていることだった。 沈黙に耐えかねたように夏江來(かえら)が口を開いた。 「無茶だな……」 「夏江來さんまで!」 普段は英代に同調してくれることが多い夏江來が反対した。わかっていたとはいえ、英代はショックを受けた。 英代はいった。 「坂之上市に侵入したマシンドールは少ないようです。シロネコだけで何とかできます!」 杏樹羅は諭すようにこたえた。 「……英代さん。ネコミミ軍の進攻の理由が現地住民の保護である以上、仮に戦って犠牲者が出るようなことになれば、それこそ相手の思うつぼです。市内にマシンドールが少ないのも、あるいは敵の誘いかもしれません」 続いて夏江來がいった。 「それに、坂之上市だけ解放しても物流を止められたらおしまいだ」 「そんなこと!」 英代は、しゃべっているうちに頭の中で血が沸騰するような思いがしてきた。「このままじゃ、自分たちの国がなくなってしまうかもしれないんですよ!?」 英代は、ひとりでも火の玉のようになって戦うつもりだった。とはいえ、本当にひとりきりでシロネコを駆って飛び出すわけにもいかない。何もできない自分が歯がゆくてしかたなかった。たとえ一矢でも報いたかったのだ。 「日本がなくなってしまうんですよっ!?」 「戦いってのは無茶をすることじゃない。まわりの状況を見て……」 「ニア博士!」 夏恵來の言葉をさえぎり、英代は、となりのニアにきいた。「ニア博士は、どう思うんですかっ!?」 ニアは普段と変わらないようにいった。「私は、英代さんの意見を尊重したいのですが……」しかし、あごに手を当てるとむずかしそうな顔になった。「前の戦闘で、シロネコが負った損傷の修復が、まだ完全ではないのです」 3日前、英代のシロネコは、友人の裕子が乗る重量級マシンドールと戦った。その時、強い力で抱きすくめられ、装甲の見えない部分にゆがみが出てしまったというのだ。 「今の基地の設備では直せるかもわからないのです。機体が完全でない状態で、英代さんをひとり戦場に送り出すことは、技術者としてはできません」 「装甲の傷だけなら、カバーしながらでも戦えます!」 「しかし、ムリを重ねて、シロネコにへそを曲げられたら困るのです」 「へそなんてっ! ……へそ!?」 「へそを曲げられでもしたら大変ね……」杏樹羅がいった。 「はい。長引いたら、やっかいです」と、ニア博士。 「英代ちゃん。やっぱり、今回はやめた方がいい……」夏江來がいった。 「……」 中学生の英代には納得できないところもあったが、やはり皆がいう通り、今回ばかりは無理に動かない方がいいようだった。英代が感情に任せて戦っても、それで犠牲者が出たら大変なことになる。NPO法人〈雲ヶ丘ガーディアン〉の今後だって、どうなるかわからないのだ。 ――深夜 英代はひとり拠点に忍び込み、シロネコの腹のあたりを調べた。懐中電灯を片手に、額に汗しながら30分ほどたっただろうか。まとわりつく顔の汗をぬぐい、英代はつぶやいた。 「ない……。へそなんて……」 〈天皇陛下の日記〉 西暦二〇XX年(皇紀二六XX年)七月六日 痛恨の極みである。 よもや、このような日がふたたび訪れようとは、だれが思ったであろうか。 平和国家としての百年あまりの歩みに間違いはなかったはずである。しかし、歴代、及び臣民に対して、これほどに申し訳ないことはない。 こうなった以上、朕の身は、どうなろうともかまわぬ。 ただ、あの少女だけは護らねばならぬ。国が滅んでも、なお国家国民のために戦おうとする、あの少女だけは――。 そのためなら、朕は、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ 決心である。 (この日記は、可能ならば後代まで留め残すこと。なお、30年ほど前の同じ時期の日記にも、現皇后について「この思いを永遠に記す」などといった記述があるが、そちらは廃棄してもかまわない) ネコミミ軍の日本進攻の翌日―― テレビとラジオ電波はすでに復活していた。しかし、その内容は一変していた。ネコミミ軍の軍事進攻が、いかに正しいものだったか。ひとりの犠牲者も出さず、速やかに行われたか――などが繰り返し報じられた。 また、こうなった原因である山本英代のやったことが、いかに間違ったものであるかなども、陰に陽に伝えられた。 午前のうちに、日本政府は「このような事態を招いた責任がある」として解散。午後にはネコミミ軍を中心にした軍事政権が樹立された。 この軍事政権もわずか1週間後に解散。あらためて民主的な選挙を行うことになった。日本の人々はこれを大いに歓迎した。 ――が、軍事政権は、解散の直前、日本に永住するネコミミ族、6千万人に投票権を付与することを宣言。「公正な選挙を実現する」という名目ではあったが、その狙いは明白だった。「性急である」という批判は当然、聞き入られなかった。 こうして、地球の歴史上はじめて、ネコミミ族を有権者に含めた国政選挙が行われることになった。 ネコミミ女王を党首とするネコミミ党は、全選挙区に候補者を擁立。選挙期間中でありながら、すべてのメディアを利用した大々的なPR活動が連日行われた。 さらには、あろうことか、全候補者や支持者らが水着姿で街宣活動を行うという奇策に出た。あのネコミミ女王さえ、党首として全国をまわりながら、水着姿で演説した。 「ネコミミ党に清き一票を!!」「日本を改革できるのは真の責任政党、ネコミミ党だけ!!」 大きな通りに出れば、今日も朝から候補者の絶叫が響いた。 もちろん、ネコミミ候補者らは、皆が皆、水着姿だ。小柄なわりにスタイルがいい。憎らしい限りだった。 このようなやり方に異議を唱える有権者も多くいた。しかし、その訴えは「候補者、支持者が自分の意思でやっていること」「服装の自由だ」「夏だし」などとして取り合われることはなかった。 しかし、英代は知っていた。これは組織的にやっていることなのだ。 ある朝、大通りの自販機のうらで、気の弱そうな水着姿のネコミミが「これ以上、日焼けしたくない……」と泣いているのを見た。それを先輩らしいネコミミが慰めていたのだ。 しかし、この水着戦略は大きな効果を発揮した。事前のアンケートによると、ネコミミ党の支持率は、そのほかの政党に2倍以上の差をつけ、その差はなおも開いているという。 この選挙には、NPO法人〈雲ヶ丘ガーディアン〉代表の杏樹羅も無所属で出馬。NPOをあげて支援した。 英代は、水着になって支援活動することを提案したが、これは却下された。 選挙の前日―― 放課後に英代は友人たちと、今流行りのファッションショップ〈ga〉にいた。 必要な夏物を買い込んだあと、店内の水着コーナーにディスプレイされている欲しかった水着の前で足が止まった。 あざやかなオレンジ色のワンピースだ。腰のあたりに、かわいらしいフリフリがついている。本体価格一万五千円に消費税が50パーセントかかる。英代にとっては高価だった。 「選挙活動で使うから買って」といって、おねだりするつもりだった。が、今や、それも叶わない。選挙の支持率は、やはりネコミミ党が断トツに優位だった。 《これがあれば勝てた……》――か、どうかはわからないが、とにかく欲しかった。 「英代っー! 何してんのー! 帰るよー!!」 出口で待たされていた友人の容赦のない呼び声が店内に響いた。英代は動かなかった。今動けば、自分が英代であることがバレる。 結局、英代は、すぐに友人たちに腕を引っ張られ、引き剥がされるように店をあとにした。 選挙の結果、ネコミミ党は、有権者の約70パーセントの票を得て、90パーセント以上の議席を独占した。 開票と同時にネコミミ女王は大勝利を宣言。日本の新しい首相になることが確定した。 計算では、日本人男性のおよそ7割以上がネコミミ党に投票したことになる。完全な裏切り行為であった。 ちなみに、NPO代表の杏樹羅は、かろうじて当選。衆議院議員となった。 選挙の翌日―― 英代は、生まれて初めてコンビニで新聞を買った。それだけで、自分が一度に歳をとったような気がした。今日ばかりは、夏の空がやけに高い。 学校からの帰り道。読みふけっていた新聞から顔をあげ、となりを歩いている均にいった。 「均……。女性の水着姿なんてね、何にも珍しいものではないのよ……」 「わ、わかたったよ……」 何がわかったかわからないが、伝わるものはあっただろう。 こうしてネコミミ党が政権を取り、日本は激変することになる。 期末試験の最終日―― 中学生の英代にとっては、試験の緊張感と夏休みの期待感で忙しない時期になった。 メディアでは、英代に対するバッシングが執拗につづけられていた。理解者の多い坂之上市ではそうでもないが、市外に出れば、歩いているだけでマシュマロのようなものを投げつけられたこともある。 普段つけているテレビを消すようになって、山本家の朝食風景はやけに静かになった。 「いってきます!」 英代は、いつものように母親に見送られながら、学校へと向かった。 住宅街にかかる橋に近づいた。均も裕子もいない。 裕子は、英代と同様、メディアからバッシングを受けていた。マシンドールで英代と戦ったことが、ネコミミ王国軍に日本を占領されたきっかけになったというのだ。 精神的にショックを受けた裕子は、しばらくの間、学校を休むという。試験には出てくるという話だったが、それも休んでいた。しかし、昨夜、電話をしたところ、かなり元気なようすだった。学校には行けないが、塾に通い始め、今までにないほど勉強に励んでいるという。英代は安心した。 橋をわたってしばらく行くと、後ろから、同じクラスで友人の松坂久恵と三井百合が追い付いてきた。 「おっすー」「おはよう」 あいさつを交わすと、3人は、ならんで学校へ向かった。 歩きながら久恵がいった。 「裕子、まだ来れないんだ……」 「うん」英代はこたえた。「でも、電話で話したら、すごく元気そうだった。塾に行くようになって、がんばって勉強してるって」 「へえ! よかった! 心配したよ」 百合がたずねた。「並木くんは?」 「均は……ね……」 「百合、あんたテレビ見てないの?」 「うち、ないの。バカになるからって」 「ああ……、そうだったっけ……」 英代がこたえた。「均は、今ちょっと忙しいのよ。人気者になりすぎちゃって」 「人気者? いつの間に?」 「女王よ、女王」 「?」 均は今や、メディアでは引っ張りだこの人気だった。〈ネコミミ女王が、誘拐するほど好きな男の子〉として、女性誌に取り上げられたのがきっかけだ。過去に英雄少女として持ち上げられながら、今や犯罪者のようにバッシングされている英代とは対照的だった。 学校が近づいた。 正門のまわりには数十人ものメディア関係者が、我がもの顔で陣取っていた。取材陣が英代を見つけ、エサに飛び付く魚のように一斉にむらがってきた。 テレビのレポーターらしき細身の中年男性が英代にマイクを向けながら迫った。 「山本英代さん! あなたのせいで日本がネコミミ王国に占領されたという主張が一部にありますが、ご自身ではどうお考えですか!?」 突きつけられたマイクにはテレビ夕日の文字。英代はあからさまに不機嫌な表情をつくってこたえた 「何度も言っている通りです! 悪いのは私じゃなく、ネコミミ王国です!!」 大人たちに囲まれる英代を見て、久恵と百合はあきれ顔を見合わせた。 別の取材者がいった。「しかし、あなたがマシンドールを奪ったりしなければ、日本は軍事進攻されなかったという意見も根強くありますよね!?」 「だから、悪いのはネコミミ軍です! そんなに日本が占領されるのがイヤなら、皆さんも戦ったらいいじゃないですか!!」 「逃げないで話をしてください!」 「逃げてなんかいません!」正門を押し通ろうとした英代は後ろからした声に振り返るといった。「そういった話は全部、事務所を通してください!!」 週刊新春とある腕章をした男が、英代の腕をつかんでいった。 「あんた事務所なんかに所属してないだろ! ただの中学生なんだから!!」 「そ、それはっ……! 事務所というのは言葉のあやで……!!」 英代の背中に冷たい汗が流れた。「……あっ、そうだ! NPO法人〈雲ヶ丘G〉の事務所を通してくださいって意味です!!」 「そんなこと言ってないじゃないか! ウソつくな!!」 「ウソなんてついてません! と、とにかく、急ぐんで失礼しますっ!! 試験があるってのに……!」 「英代っ!」「こっち!」 久恵と百合が手招きした。すがり付く大人たちを振り切って、英代たちは正門のなかに滑り込んだ。 試験が終わった。 英代は、男子たちと談笑している均に遠慮がちに近づいていった。 「均さん」 「あ、英代。どうだった?」 「試験はいいとして……。あの、今日からイベントがあるもんで、手伝ってもらえると助かるのですが……」 オンラインゲームの話だ。 休みにあわせて、ゲーム内では特別イベントが開催されていた。イベント報酬の武器〈神弓・雷咆山震滅龍〉と〈ミスティック=スターダストセイバー エアリアル〉は、これからのハンター生活を充実させるため、ぜひとも欲しい逸品だった。しかし、そのためには仲間とともに、難しいイベントクエストをクリアする必要があった。 「ごめん……。休みだってのに予定が混んでてさ……」 「あ、やっぱり。テレビの取材か何かですか……」 「今日からクラブのみんなとキャンプ合宿で。3泊もするっていうんだ」 「じゃ、そのあとは……」 「合宿のあとも、次の日は朝から取材が入ってて――」 そういうと均はカバンから分厚い手帳を取り出し、ビジネスマンのようにペラペラとめくった。 「午前中がテレビの取材だろ。そのあと午後から新聞社。夜は女性向け週刊誌の写真撮影……。1週間後まで予定がビッシリなんだ」 「そんなに……」 「本当は全部やめたいんだけどさ。断っても断っても来るんだ。まいっちゃうよ」 ネコミミ女王が好きな人としてメディアに取り上げられてから、均は時の人だった。人類の敵のようにバッシングされている英代とは隔絶していた。 「本当、ごめんな。英代……」 「い、いいんすよ……」 「夏休みで、また時間ができたら、手伝うからさ」 「気にしないで……」 英代は、肩を落として席にもどった。 《あの地味を絵にしたような均が……》 打ちのめされたような気持ちだった。 連日のバッシング報道も、何気に堪えているのかもしれなかった。 午後8時―― 英代はオンラインゲームの中にいた。 英代の所属する狩猟団〈王立神聖牡羊騎士団〉は、英代と均を含めて4人しかいない弱小狩猟団だ。 この時間、インしていたのは英代と団長の〈KAZE〉だけだった。ちなみに英代は〈アイロス・マナハート〉という男キャラを操っている。 待ち時間、英代は、学校での均とのやり取りをチャットでKAZEに話した。もちろん、自分や均が特定されないよう気を使った。 「……というわけで、急にその友だちと疎遠になっちゃったんです」 「……」 団長はこたえない。寡黙な人だった。 「ごめんなさい。狩猟団に関係ないことでチャットを汚してしまって……」 「俺は風――」 しばらくして団長はチャットを返した。「風は何も語らない。ただ、吹くだけ――」 「そうですよね……。すいません、こんなこと……」 「かまわん。お前は、お前の風を吹かせばいい。風をさえぎるものは――ない」 「ありがとうございます……! 団長……」 狩猟団部屋は再び静寂につつまれた。南側の壁が取り払われた開放的なつくりの団部屋。そこから望める清流をたたえた池の水音だけが室内に響いた。 アイロス(英代)はいった。 「遅いですね。〈ねこねこ姫〉さん。今日は休みかな」 「あいつは気まぐれだ。それより〈ソフィーティア〉が来ないな」 〈ソフィーティア〉とは、均が操る女キャラだ。身バレを防ぐため、英代と均が幼なじみであることや性別などは、だれにも知らせてなかった。 「そうですね……。ところで団長。ねこねこ姫さんから聞いたんですが、団長は〈高齢ニート〉なんですか?」 「……」(1分経過) 「……」(2分経過) KAZEはいった。 「風に家はない。風は、ただ、あたらしいにおいを運ぶだけ――」 「はい」 「ねこねこ姫の言うことを真に受けるな。あいつは嵐。かき乱すもの――」 「そうなんですか」 「イベントをはじめよう。行くぞ」 ねこねこ姫がインした。「おはこんこんにゃ~☆ ねこねこ姫だにゃ~ん♪ 爆参!!」 あいさつはお決まりの定型文だ。 「ねこ姫さん、こんばんは!」 「イベントに行くぞ」 「は~い☆ 今おしゃれしていくからまっててねぇ~ん」 ねこねこ姫さんのおしゃれは大抵、パンツ丸出しだった。 「スカートかズボンをはけ」 「ベルトするwww」 「あと、ねこよ。この狩猟団ではプライバシーの詮索は団則違反。イエローカードだ」 「え!? ねこ、なんかした?」 「つ□」 「……」 「2枚になったら除名する」 「ありり? 何かよくわからんけど気を付けるにゃん☆」 ねこねこ姫が続けてチャットした。「てっl@ネコシスターズ ニートに説教されたwwwwうぇっっwwwwwww」 「……」(1分経過) 「……」(2分経過) 「……」(3分経過) 「誤爆ですにゃ☆」 誤爆とはチャットの誤送信のことだ。 KAZEはいった。「……風は、人の心になかにまで立ち入らない。――行くぞ」 KAZE団長は、意外にも細かいことを気にしない。そこにカリスマ性があった。 アイロスはいった。「でも、今日は団長にいろいろ聞いてもらって、すごく楽になりました。ありがとうございます」 「感謝なら風にするんだな――」 ねこねこ姫が口をはさんだ。「なに? やおい?」 「いいから、はやく着替えろ」 「ちょっとまって。今日は縞パンツにしようと……」 イベントをクリアして報酬の武器を手に入れるには、〈バラブロス〉という巨大なモンスターを100匹ほど倒さなくてはいけない。狩猟団のメンバー3人は、深夜までかかって、このイベントをクリアした。 |